フォトアルバム
Powered by Six Apart
Member since 03/2005

blogニュース

最近読んだ本

祈 日中友好

ネット上の人たち

更新ブログ

« TIME誌が選んだ2006年の人は「あなた」だ。 | メイン | Gmailで大量消失事件が発生したようだ。 »

mixiの名前の設定が変更された。

我が国のSNSを代表するmixiで氏名の公開範囲を指定できる機能が装備された。

今まで氏名は全てのmixiユーザーに公開されていたが、最近のmixiは匿名での登録が多数派を占めるようになっていて、 ある意味で現実に即応した選択肢を採用したといえるであろう。

個人的にSNSにはまだまだ可能性があると思うが、 mixiのような登録者のみにしかコンテントをオープンしない類のネットサービスは私は嫌いである。
基本的にインターネットはオープンが原則であり、検索エンジンにひっかかってこそ個人の表現を行うメリットがあると考えている。

しかし、少人数での気楽なおしゃべりなど、メールやチャットの延長である「マイクロ・コミュニティ」 のコンテントまで検索エンジンが引っかけてしまうのはいささか行き過ぎであろう、 そういった点でクローズ運営もそれなりの意味がないことはない。あと、ネットでの表現に慣れていない利用者にとっても、 mixiのようなクローズな場でのトレーニングは有効だと思う。

ただ、クローズな表現はあくまで、少人数かつ練習の場といういわば「囲い込まれた場」での限定であり、 いまやインターネットのプラットホームと化したGoogleの先進サービスを活用しようとすると、 こうした限定的な場ではその利用にただちに限界があることが理解できよう。

もうひとつは、パソコン通信の昔からある、実名、匿名の問題である。ネット空間を日常から切り離された場と認識すると、 やはり匿名がチョイスされるだろうし、日常の延長として認識していると実名で表現するのが妥当だと感じる。 個人的にはネットはあくまで日常の延長なので、実名での表現が当たり前だと思うのだが、 今の日本のインターネットの利用状況においてはどうも少数派ではないかとも思われる。

もちろん、折衷的に仲間内では実名、見知らぬ人との接点がある場では匿名と使い分けるというのが現実的であろうし、 mixiの名前の管理手法の変更も、こうした使い分けに対応するための対策だと思われる。

しかし、あえて、こうした状況にコメントをするなら、知り合いだけで形成されるマイクロ・コミュニティと、 検索エンジンの両極だけでインターネットを使うのはあまりにもったいないと考えている、 もうちょっと人付き合いの輪を広げるようなグループでの表現の工夫が必要で、そうした姿勢から、 集団あるいは社交の場でのお付き合いという認識ができてくるのではないかと考える。

大分市の新しいSNSも立ち上げ途上にあるが、仮面舞踏会のような人付き合いにかなりの違和感を覚えつつ、 mixiのシステム変更についてこのように考えてみた。

※「だいきんりん」では、実名、名前、ニックネームという三段階の名前登録があってかなりわかりにくくなっていて、しかも「名前」 は公開範囲が設定できるようになっている。私はこの設定を見るたびに「名前の掟」 The Rule of Names というトールキンに捧げたアースシー・シリーズの短編のことを思い浮かべる。 そこでは真の名前を知ることは相手の正体を知ることと同義なのだ。

※※しかし、ル・グィンの素敵なハイ・ファンタジーを「ゲド戦記」 などというなんとも下品なタイトルに翻訳をしてしまうセンスもある意味で許し難いなー。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blogcoara.jp/t/trackback/143618/6772267

mixiの名前の設定が変更された。を参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿

コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。